平成二十七年九月十五日 御祭りです

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本日は、九月十五日 御祭りです。
私の住む地域は大分、朝晩は涼しいと申しますか肌寒い感じとなってまいりました。
まだ夜が明けてない時間から少しずつ御祭りの準備をさせて戴いておりますと少しずつしらじらと夜が明けてまいります。
我が家の窓から相模湾を見る事ができますが朝日があがる時は言葉に言い現わせない自然の美しさは 本当に素晴らしい情景でございます。
夜と朝の狭間のこの時間、神事をさせて戴くひと時が何とも尊い時間となっております。

さて、本日はちょっと旬のものとして早生の蜜柑、甘いものがお好きな大神様の為に甘栗を少し。少しずつ秋の味覚が増えてまいるこの時期、お上げさせて戴く御神饌も楽しみでございます。

今日の御祭りは我が家の愛猫、ちいちゃんが御祭りの事を知っていたようで神事の準備段階からスタンバして修祓(しゅばつ)でお祓いを受けて最後まで参列いたしました。終了すると、気持ち良く ひと伸びをしてベッドに戻って行きました。(笑)

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そして、本日の御祭りでも主人の歌をご奉納させて戴きました。大神様は主人の事をまるで我が子の様に見守る御気で包んでくださっておりました。本当に温かい気で包まれたその時間は安らぎのひと時となりました。
歌を通して主人が人として少しずつ成長していく事を楽しみにしていらっしゃるとの事です。
歌を創る事、歌を歌う事はまさに主人そのものです。
大神様はその事をよくお分かりでいらっしゃいます。
主人の歌の一番のファンは大神様かもしれません。(笑)
益々、素晴らしい歌を披露できる事を楽しみにされてくださっている事を本当に畏れ多くも光栄に本当に有難く思う次第です。

私共にも大神様から尊いご神託を賜りました。
「何も心配はいらない。真っ直ぐに伸びる道がある。信じて進みなさい。」

色々な方とお逢いしてお役をさせて戴く中、自身の未熟さから迷いや不安、そして恐怖が生じる事も無いわけではありません。
私は本当に大神様の御使いの者として皆様の為、動物達の為、生きとし生けるもの達の為の御役をさせて戴いてよいのだろうか、御役と共に生きる事が許される存在なのだろうかと。。。
そのような時には、大神様の御前に暫し座らせて戴き、大神様の元、自分の原点、基本に戻れるよう自身の軸を整えさせて戴きます。

大神様にはいつも、どんな時にも傍に居て見守っていて下さることを感じております。このように未熟で不甲斐ない私でも傍に居て見守っていてくださっている。本当に感謝でございます。


本日は、「思いやり、慈愛」について思い浮かびましたので少しだけ書かせて戴こうと存じます。
人は、喩、信仰心があって神社にお参りしても、喩、ご神縁を戴きご自宅、お仕事場に神様をご奉斎(神様をお迎えしてお祀りすること)された神様を信じていらっしゃる素晴らしい方だったとしても、少しでも何か悪いことがあったり、御自身の思いや希望、願望、思い通りに叶わなかったりすると神様にその怒りの矛先が向ける方も、もしかしたら、少なからずいらっしゃるかもしれません。

「こんなに一生懸命に神様にご奉納したり、お参りしているのに、何で思い通りにいかないのか、叶わないのか」と。
神様には自然、人、生きとしいけるもの全てを司っていらっしゃいますから神様の御意志で私達の世界を動かす事はたやすいことです。
しかし、それでも、個人個人の望みが叶わないのはどうしてでしょうか。

答えは、御自身の御心の中にあるのかもしれません。
神様は必要な事は必ず、お与えになられます。
それは、良い事も悪いことも体験せねばならない学びの全てです。

神様をお迎えし御神縁を戴くことが許されてからが本当のスタートです。
神様とのご縁は中々、結ぶことは中々、難しい事です。
ご本人がいくら望んでも叶わない事もございます。
ですから、まず、神様がお越し下さった、御鎮座されてくださったと言う事は素晴らしい事です。

そして、大切な事は、自分の望みの為に、神様に何かをする、お賽銭をあげる、玉串をご奉納する、御神饌をご用意する、のではなく、神様が御喜びになられる事が自身の喜び、大切な存在に対する思いやり、神様からの見返りを求める事を望まない、打算のない心、慈愛こそが神様に本当の意味で通じる、本当の絆となられていくのだと私は思うのです。

でも、生きていれば色々な事が起ります。辛い事、哀しい事、理不尽な事。
でも。。。。
それでも、どんな時にもいつも同じ思いでいられること、これは大変難しい事です。けれども、それを心がけようとされる気持ちがとても大切であると思いうのです。

神様に対しての事とはちょっと違う面ではありますが、「慈愛」で思い浮かぶことがあります。
人と人の関係、人、動物に対しての行為。
ついつい、「相手に対して一生懸命にして差し上げた私はこれだけしてあげたのに」と思いがちです。これは自分の価値観、物差しを相手に強要しているだけです。
相手がどう受け取るか、受け取る器があるか、は相手の学びです。
相手が望んでいない事をたとえ、それが正しくとも自分が良かれと思っても、強要し押し付けない事が必要かもしれません。
相手にとって理解できる時期、つまり、相手がその時に受け取れる許容が無ければどんなにありがたい尊い教えも無駄となってしまいます。
気付きは本人次第ですね。

そういう意味でも、相手に対する広い意味での慈愛、思いやりは一番大切な事であると思います。


さあ、いよいよ九月も後半です。
秋風に乗って爽やかに元気にまいりしましょう!!






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くりぼっくり

Author:くりぼっくり
神さまと人と動物たちの中取り持ち役として・・・。

宇迦之御魂大神様の厚き尊き御神徳の元、
神職、スピリチュアルカウンセラー、スピリチュアルアニマルヒーラーとして皆さまと動物たちの魂の救済をさせて戴いております。

☆御相談、詳しいお問い合わせ等は「みどりの杜」HP、「お問い合わせフォーム」からお願いいたします。
http://takanooffice-midorinomori.com/

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