「何か憑いている…」

スピリチュアルカウンセリングなどで霊障についてのご相談が多くなってきました。
やはり、年末だから?? う~ん、季節は関係ないとは思いますが…。(^_^;)

さて、この霊障と言われる状態ですが、不遇な事、縁に恵まれない、結婚できない、仕事がうまく行かない、病気や事故に遭うなどなど・・・
不幸が重なってしまうと何故、自分ばかりがこんな目に・・・と誰しも思いますし、「これは自分のせいではない。きっと霊障に違いない」と思ったりしても決して不思議ではありません。

これらの不運な事象を引き起こす原因は様々にあります。
例えば、霊的な事が原因で有る場合は、たまたま憑いた浮遊霊の仕業、土地や家、部屋に憑いている地縛霊、怨霊となった集団霊、先祖代々の因縁霊、恨みの霊、生霊など軽いものから重いものまであります。
ご本人とは全く縁もゆかりもない霊が憑く事も場合によってはありますのでたまりませんね。

また、霊的な事が原因である他に考えられるのが、ご本人のカルマ(業)だったりする事もあります。
この世に生まれ出でるものは、必ずやるべき課題を背負って生まれて来ます。人それぞれに違った人生となるのはそのせいなのです。
ですので、不遇な人生である事を「もしかしたら何か憑いてるかも」「自分は決して悪くないのに」とは一概に言えないのです。

いずれにしても、霊障の場合は憑依している状態を把握して憑いている魂を浄霊をして行き逝くべき所に送り本当の意味で幸せになって貰わねばなりません。
そうする事でご本人の霊障は治まってまいります。

その他の原因の一つである「カルマ」の場合は、ご自身の人生に於いて今までよりも楽に早いペースでそのカルマを乗り越えて行けるようにしなくてはなりません。
どうせ、逃げても先送りにしても、結局やらなくてはならない課題です。
早く楽な心身で乗り越えたいですものね。

自分自身がしっかりと降りかかってくる事に耐えられる強靭な心身を作り
心身のバランスを整えて地に足が着いた状態でいつもいられるようにすること。いつも心身をニュートラルな状態にする事が重要なのです。
そして、とても大事な事はご神仏さまのご守護が戴けるように日々、感謝する心を持つ事、精神を清浄に保つ事、ご自身のプロテクトの強化をして行く事であると思います。

生きていると本当に楽しい事よりも辛い事の方が多い様な気がする事もありますね。
でも、どうせ同じ生きるならば笑って過ごしたいですね。

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1月22日 伏見稲荷さま参拝

11月21日の夜に車で自宅を出発。明朝一時過ぎに二時間半ほどかけて伏見稲荷さまに上がりました。
毎月、月参りをさせて戴いておりましたが、私事や仕事で中々、上がれずに夏以来の参拝です。
今までの日々、無事に過ごさせて戴いている感謝のお礼と今後も引き続き、ご守護賜りますように祈願してまいりました。

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京都は関東よりも夏は暑さが厳しく、冬は寒いです。
この時期、少し平年よりは温かいかなと思いましたが、やはり、京都。
ちょっと肌寒かったです。
けれども、この時間は全く参拝の方がいらっしゃらないのでゆっくりと神様と向き合う事が出来ます。

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静かな静寂の中、本殿で宇迦之御魂大神さまを始め他四柱の神々さまに参拝し、ついでご眷属さまの命婦尊女神様に参拝、そのまま千本鳥居をくぐり抜けて奥社の白狐社で参拝。それから稲荷山に登り、山の頂上、一の峰にご鎮座されていらっしゃる末廣大神様に参拝しました。

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稲荷山を上がり参拝することを「お山する」といいます。
本来ならば、お山にご鎮座する全ての神々さまにご挨拶をするのが最良なのですが、全て参拝するとなると二時間足らずの時間では到底足りません。
ですので、特に私の崇敬する神様にだけ参拝し御神饌をお上げして祝詞を奏上させて戴き、他の神様たちには揖・(ゆう)という軽いおじぎをし日々、無事である感謝のお礼としてご挨拶しながら上がって行きます。

さすがに一睡もせずに上がりますので参拝後はクタクタになりますが、
その後は不思議と疲れが残らず、心身エネルギーが満ちて自身の軸が取れて来るのです。稲荷山をお山することは私にとって心身をリセット出来る大切な時間です。
私の場合、生業でこの世とあの世を繋ぐお仕事をさせて戴いておりますので
いつもどちらかに偏らないように日々、注意して調整しているのですが、
生業が立て込んでくると少しずつ軸が取れないようになって来てしまいどちらかの世界に重点が来てしまうような状況になります。
そんな時には、必ず中道の位置に私がいつもいられるよう、正道からズレてしまったら神様にいつも正して戴いております。
途中、野良猫ちゃんがご飯をねだって私たちが階段を上がるのを上から催促にまいりました。
まだ小さな可愛い子供です。
手元には神様のお下がりの鰹節とさきイカがありましたので分けて上げました。もっと、上げられたら良かったのですが何分、その用意もなかったので仕方ありません・・・。せめて、今日の朝ご飯の一回分として食いつなぐ事が出来れば・・・。少ない量でしたがおいしそうに食べてくれました。
次回は猫ちゃん用のご飯を少し持って行くことにしましょう。
「餌をやらないでください」との張り紙が貼ってあるので、怒られそうですが。。。。(苦笑) 
私が節度を守ってご飯をあげないと、猫ちゃん達も肩身の狭い思いをします。ですので、もちろん皆様の迷惑とならないようにきちんと食べカスは残さないようにしますのでご安心を。

さて、今年も後、一カ月と少しを残すだけとなりました。
皆様が日々、無事に過ごす事ができますよう切に願っております。


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十一月十五日 月次祭

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本日は十一月十五日、月次祭です。

昨夜から雨が降り出して今朝も冷たい霧雨が降っているちょっと肌寒い日となりました。
昨日はやたらに暑かったのですが・・・。
今年は寒暖の差が激しいですね。
これも地球温暖化のせいなのでしょうか・・・。

さて、本日の御祭りのご神饌には私の父が作った無農薬のお野菜、近所のやはり、無農薬をしているおじさんからお野菜を戴き、上げさせていただきました。
神さまはお野菜が大好きで、特に無農薬のお野菜を上げすると大変に喜ばれます。

今年もあと、ひと月半となりました。
少しずつ一年の疲れが出やすくなってきています…。
寒暖の差が激しい今日この頃、皆さまも体調を崩されないように後、もうひと踏ん張りです!!
楽しく元気にまいりましょう!!(^o^)

暦の吉凶の日とは? その①六曜

「土地を売ることになりましたが、いつの日が良いでしょうか」
このような、土地、家に関する事、何かの祝い事、清め祓いなどの日取りを取り決めたりする為のご相談が良くあります。

日本人は古くから吉凶を「暦」を頼りに決める事が習慣としてあり
暦師によって暦を使い様々に判断されます。
しかし、「暦」とは言っても本当にいろいろなものがあります。

私も占い、タロットカード、暦は嫌いではありませんので使う事ももちろんありますが、私のスピリチュアルカウンセリングでは根本的に暦は使いません。
何故かと申しますと、暦と言っても数多い種類が存在します。
全て同じことを言っているかと言えばそうではありません。
暦も占いはあくまで統計学です。
私は暦を否定するつもりもなく、使う事は間違いではありませんが、
あくまで助言として使われるのがよろしいかと思います。
人生の決断、指針を決める為に全てこの占いに頼ってしまっては少し無謀かもしれません。
例え同じ日に生まれたとしてもその方の前世からの魂のカルマも違います。
そして、それに前世、現世に於いて纏わる霊的な関わりも違ってくるのですから・・・。
諸説、ご意見は様々にあろうかと思いますが、
私は良しとする日を観る場合、全てに於いてその方や関わる人達やご家族、
その観たい場所などの写真などを元に全てご神仏様にお伺いしてご神託を戴き良き日など最良の法をお伝えしております。

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さて、それでは数多い暦の中から今回はちょっと簡単に六曜のお話しをしましょう。
皆さんの馴染みのある先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口で占う「六曜」。これは、古く中国では時刻の吉凶占いに用いられてきました。
けれども、日本に伝来してからは日の吉凶を判断する方法として用いられるようになりました。しかし、これは俗信とも言われ暦師によってまちまちですのでどれが正しいと言う定説はないようですね。
六曜は、日に配して吉凶を表します。
まず、一月(旧暦)一日を先勝、二月一日を友引、三月一日を先負、四月一日を仏滅、五月一日を大安、六月一日を赤口として次の順序で日々循環します。
そして、七月一日には再び先勝に戻り八月一日には友引以下各月前に書きましたような順で繰り返します。

まず、先勝(せんしょう)の日ですが、「急がば勝ち」と全て積極的に行動する事が勝ち。午前は吉、午後は凶。

友引(友引)の日は午前は利益なく、夕刻、吉。友を引くと書くことに由来して特に凶事に忌まれています。

先負(せんぷ)の日は、平静を守って吉。午前中は凶。午後は吉。急用や公事を避ける日。

仏滅(ぶつめつ)の日は、吉凶なし。物滅の音が転じて仏滅になったとされます。
つまり、仏さまの命日とは全く関係がないのです。
万事に凶といい、特に結婚や開店などの新しく始める事に不吉であるとされて避ける人が多いですね。

大安(たいあん)の日は、吉日にて万事、進んで良い日。

赤口(しゃっこう)の日は、祝事には大凶とされ、「赤」が火や血を連想させることから火の元や刃物によるケガに気を付ける日とも言われています。
午の刻(昼、午前十一時頃から午後一時頃まで)だけが吉で、朝夕は凶。

この六曜の他にも七曜星、十二直、二十八宿、など星を元にした暦は様々にありますね。
このような暦の読み物などを読むととても奥深く興味深いものがあります。
神社などで戴く暦など、手にとって見てみると太古の人達の自然に対する崇敬する姿勢が感じられます。
当たる当たらないは別として、大切にしたい日本の文化、伝統です。

次回に又、機を改めて他の暦のお話しが出来ればと思います。





自殺された方の魂の浄化

自殺された方は死後、どのような形となって存在するのでしょうか。
私の浄霊させて戴いた経験などを入れながらお話ししたいと思います。

自殺された方は皆、この世にある一種の執着心がある状態でこの世を去ります。
「本当は死にたくはない。けれども、自分が自由にこの世の苦しみや悲しみ、
辛さから解き放たれるには死ぬしか方法が無かった…」
人によっては恨み、妬みなどのネガティブな感情のまま亡くなってしまった方も多い事でしょう。
この「自害すること」という行為は
「命を自ら断つ」=「神様からの借りものである大切な肉体を捨てる」
と言う事なのです。
仏教のみならず、神仏さまの世界、霊的な世界の掟の中ではとても罪が重いものです。
また、死んだ本人が執着のあるままでいると「来世に向かって旅立つ時の光」が見えません。これは自害するしないに関わらず、執着がこの世に残ってしまい、留まろうとした場合です。
ですから、もちろんお迎えの指導霊が来てもその差し伸べられた手に気付く事はなく、又はその手を振りきってしまうのでこの世に留まることになってしまい、
結果、地縛霊や浮遊霊となってしまうのです。

この世に留まったからと言って楽しい訳ではなく、亡くなった場所に留まっているのであちこちに自由に動ける状態ではありません。
ですから、その辛さから逃げ出そうとして、その場にたまたま、通りかかった人の肉体に入ろうとして憑依してしまうこともあります。

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私の浄霊させて戴いた経験・・・
もう30年維持用も前に自殺された若い女性の浄霊をした時のことをお話しいたしますと、まず、今はどんな場所に入るのか、どんな状態なのか観たところ、
その方は山の谷間と申しましょうか、とにかく何もない真っ暗の中で独りっきり、
両足に顔をうずめうずくまる様にして座っていました。
そして、顔は真っ黒でした。これは、泥で汚れたとかそういうものではなく、魂の穢れの現れとして現れて観えた状態でしょう。とても陰湿な顔色といいますか、やはりこの世のものではないおどろおどろしい顔色をしておりました。
そして、「一人は嫌だ。ここから出たい。お母ちゃんの所に戻りたい」
彼女は、どこにも動けずにずっと30年以上もうずくまっていたのです。
亡くなって直ぐにあの世に旅立つ事が出来なかった・・・。
辛くて辛くて…。
何故あの時、自ら命を断ってしまったのか…後悔しかありません。
けれども、もう、どうする事も出来ず・・・。無念だけが残って…。
それ故に、こうして留まらざるをえなかったです。

私は彼女に「どうしたいのか」と聞きました。
すると、「ここから出たい。お母ちゃん、ごめんね、お母ちゃん、ごめんね」ずっと同じことを繰り返しながら顔をぐしゃぐしゃにさせて泣き崩れておりました。

私はこの場所から彼女を引き上げてあの世に導くために「悟ること」を彼女にして上げなくてはなりません。
彼女が自ら犯した「自害の罪」とその「死」を受け入れ、そしてこの世に対する執着の全てが解き放たれた時、初めて光が見えます。

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彼女の辛さ、悲しさを全て吐きだすことをして、来世に向かっての心の準備のお手伝いを致しました。
彼女の顔が少しずつ、白く、頬は薄桃色になってきて改心が見え始めました。
そして、ご縁のある仏様である釈迦如来さまにお願いを致しました。
この世の音ではない高い鳥の囀りの様な清らかな声が私の身体を使って出されこの世の空間に響きました。まるで、雅楽で奏でられる笙のようでした。
まさしく、これは釈迦如来さまのお声でした。

すると、彼女に見る見るうちに精気が満ち、今まで暗くどす黒かった顔や身体が
初々しい処女のように輝き出し、着ている物も白く輝きました。

仏様からもう一度、念押しがありました。「本当に悟ったか」と。
私は、「大丈夫です」とお答えし、
釈迦如来さまのお使いである指導霊に道を開き見せて戴く事が出来ました。
「光りが見えますか」と聞くと、彼女は「はい」と答え、そのままその方向に上がって行きました。
「ありがとう」と何度も涙ぐみながら振り返り、光の中に高く進んで消えて行きました。

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先日、あの後、彼女がどうしているのだろうか、きちんと来世に向かってご修行なされていらっしゃるかと霊視させて戴きました。
すると、辺り一面に蓮の花が咲き乱れているのが観えました。
そこには、ひとり若い女性がいました。綺麗な白い絹の様な布を纏い、何か作業をしていました。ずっと近寄って見ると、蓮の花の手入れをしているようでした。
私が「何をしていらっしゃるんですか」と聞くと、
「仏様にお上げする蓮の花のお世話をしています」と微笑しながら答えてくれました。
「とても幸せです。ありがとうございます」と・・・。

私はこの様子を見て本当に安堵いたしました。
実は、この女性には浄霊するまでに長年、待っていて戴いた方でした。
彼女は私が生まれる二年前に亡くなった方で、私が生まれた時、彼女は私に浄霊を懇願していたと聞きました。
「みどりならば私を救ってくれる」と・・・。
私が彼女の心の声を聞く事、そしてこの辛い闇から彼女の魂の救済するという日、
浄霊出来る日をずっと待っていてくれたのです。

この日、彼女が現世で犯した罪を償い、来世に向かって再生への準備をしている姿を観る事が出来て本当に良かったと思っております。

「自殺をすると救われない」「人に憑依して罪を重ねた霊体は救われない」と言うことをおっしゃる方が多い中、
私は浄霊させてた戴いた様々な体験として、例え、自殺をしても、憑依をしても、
その本霊が元々は本当に純粋な魂であるということ、そして改心して心から来世に向かって自身の罪を償いたいと願う魂であったならご神仏さまはいつでもお許しくださり、快く迎えて下さると言う事を確信しております。
傷ついた魂が清らかな魂となって再び、この世に生まれ変わり幸せな生涯を送る事ができますように願っております・・・。






十一月一日 御祭りです

本日は十一月一日、御祭りです。

今日もささやかではありますが、ご神饌を上げさせていただきました。
初冬らしく、空気のキリッと澄んだ清々しい朝でした。

今年ももう、残り二カ月となりましたね。
ラストスパートです!!
体調など崩されませんように気を付けてお過ごしくださいませ。

さあ、今月も楽しく、元気にまいりましょう!!

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くりぼっくり

Author:くりぼっくり
神さまと人と動物たちの中取り持ち役として・・・。

宇迦之御魂大神様の厚き尊き御神徳の元、
神職、スピリチュアルカウンセラー、スピリチュアルアニマルヒーラーとして皆さまと動物たちの魂の救済をさせて戴いております。

☆御相談、詳しいお問い合わせ等は「みどりの杜」HP、「お問い合わせフォーム」からお願いいたします。
http://takanooffice-midorinomori.com/

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